手相で知っておくべき事②

恋人、結婚相手、人間関係、一人を見る場合でも、

親を見ると生育環境がわかり、運命の遺伝子を知れます。

鑑定上は重要な要素ですが、一人を対象とする手相では

観れませんし、見る必要性も知りません。

 

こういう考え方を知っている占者が理想ですが、

実際には、居ません。

  

占いを広く研究しているプロならば当然、関連性を

勉強するようになります。

忙しい占者は、勉強する気も、暇も、する気もありません。

手相で観れるのは、部分鑑定」に過ぎません。

「木を見て、森を見ず」と同じです。

 

こういう方法で満足してる人はその場の気休めで

安心して具体的な問題、現状と向き合わないで

問題に直面することを避ける人で、

運の改善には、結びつきません。

年月がたてば、はっきりとわかります。 

理由は、安易な方法に甘んじるから当然のことです。

 

ある本には、手相は、現実感とかけはなれていると、

書いています。

 「運命を「好転」させた人に共通するたった1秒の習慣」

 

イングランドの世界的に有名な手相師キロは、

生年月日と、併用する事で、

当たる確率を上て、世界的に有名になりました。

ただし、

気休め程度の数秘では、なんにもなりません。 

キロは、数秘術の大家でした。

    「キロ手相の書」 

 

生年月日、姓名のほうが現実的で、奥深くより具体的、

長期的、詳細に明確に、判できます。

  

私のところに鑑定を依頼に来た人の手相は、ますかけ、という

英雄が持つとされる手をしていて、

生命線も太く長い、手相師に長命といわれたそうです。

 

確かに骨格を見ても、体は強いのですが、病気はします。

相撲取りでも頑強だが、病気で、短命の人が居ました。

この人の場合は、癌で亡くなりました。

 

ますかけで、成功するのは、個性を生かした人であって、

これが出来ないと逆に不幸になります。

 

「何歳の何月ころ」というアバウトでもわかればよいと思うのは、

詳しく観れるという方法を知らないからです。

「詳しく観なければ役に立たない」

ということ知らないからです。

  

手相の最大弱点は、

1、名前や、数の影響が観れない。

2、その場にいる人しか観れない。

→関係者を同時に観ないと問題解決になりません。

3、時期が「詳しく」観れない。

いかなる流年法を酷使しても

4、広範囲に観れない。

5、占い師本人自身が観れない。

6、事件、事故の正確な時期が見れない。

 

以上、観れると思うことが大きな間違いです。

現実、アバウトでは、役に立ちません。

 

というものは、

1日、1時間、違うだけで

事例天と地」ほど違います。

 

手相は、どんなに精密に見ても「アバウトな月単位」です。

逆立ちしても、

日、時間までは、観れません。

  

アバウトな鑑定しか知らないと、この大きな違い

知りません。

40年近く研究しているからこそわかることです。

同じ鑑定なら詳しく見れたほうが良いと考えるのが普通ですが!

手相信仰の人は、そうは考えません。

 

手相は、「流年法」流年法とは)が売りだといいます、

つまり、「一番不得意」で、

「一番あいまい」な、時を見る方法が、

特徴だという矛盾を露呈しています。

  

流年法で有名な先生は、変な組織をつくり、

一線から外れています。

 

私のこの警告を読まずに、3万円ロスした人がいます。

→有名な先生が来たという宣伝につられて行ったら

雑談のみで

鑑定はすべてハズレという結果でした。

この人は、まだ別のところで追い銭を払っています。

 

生年月日で見る方法は、相手がいなくても、観れます。

人間関係のトラブルの場合、そこにいない関係者、

恋人、親子、夫婦、親族、同僚、上司を鑑定する必要が

あります。

生年月日がわかると、その場で即、役立ちますが、

トラブルの相手を呼び出すことは、出来ません。

 

トラブルに関係なく、⇒育った背景(家族環境)を

観るのは、鑑定の重要なポイントです。

問題の原点を探る時は、祖母、祖父までさかのぼって

運命の遺伝子を観ます。

手相では、その場では、本人しか観れません。

この違いは、鑑定上の大きな差です。

 

結婚、恋愛の場合も、双方見なければ1人だけでの判定では、

想像の範囲です。

 

いかに本人に恋愛運があるとしても

相手を観ないと良いか悪いかわかりません。

 

恋愛運、結婚運があると言われ相性も観ないで

結婚しますか?

 

相性の場合は、手相で、2人並べて「悪いです」

とは言えません。

必ずよいことだけを言います。

夫婦間のトラブルで相手の手を持ってくることは出来ません。

 

手相で、恋愛運、結婚運があると言われたら!

 

すでに亡くなった人を回顧するにも、

主人がなくなった後で、回顧するニーズにも応えられます。

 

実際の鑑定には、何時どうする、どうしたということが

頻繁に出てきますが、

それが良かったか?悪かったか?

それが現在にどのように関係しているか?

 

住所番地、名前、番号など

独立にはこういうことは必須条件です。

独立運があります、「そうですか、独立します」

では、非常にリスクがあります。

こういう複数にわたる複雑な事は、手相では、絶対見れません。

 

市場性とか、独立の具体的条件とか勘案しなければ、

「創業セミナー」などという独立をあおる無責任な

企画に影響されると、とろくなことはありません。

 

私の弟子は、元、手相観でした。

いくら手相で時期が観れるといっても手の裏では限界があります。 

私の弟子は、一度、手相に戻りましたが、限界を感じ、また

戻ってきました。

  

手相では、

何年、何月、何日,何時「何を、何が」、

「どういう状態に」、

という具体性では、観れません。

あくまでもアバウトです。

 

この点、

「命式」には、絶対勝てません。

(方法が正しいという条件付です)が、

しかし「手相信仰」の人は、理解しようとしません。

 

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