自分軸のウソ

仏教では、自分そのものは、わからないというのが定説だそうです。

理由は、いろいろな要素が絡まっていて、他人から影響を受けたものもたくさんあるからと言うことで「自分自身がないので自分を大切にする」と言うのは間違いだと言っています。

 

占いで人を見ているとそれぞれのタイプがあって、その人独自のものと言う存在を感じません。

簡単に言えばタイプの1種類に過ぎないと言う感じがします。

 

この感覚が掴めれば、その人のことが即わかるようになります。

これが占いの妙味です

要は「借り物の自分が本来の姿」と言うことになるでしょう。

 

個人レッスンを受けている人は、わかりますが、

私は、この人は、こういう人でしょうと、即言っています。

 

「汝自身を知れ!」と、ギリシャ宮殿に刻んであるのは有名ですが、

自分を知るということは普通簡単ではありません。

年を取ってやっとわかり始めるくらいです。

その方法も心理学程度ではわかりません。

 

まず「自分軸」とは何でしょう ?

わかってない自分を軸にすると言う事はできません。

そもそも自分軸そのものが間違っていては問題です(自己破壊型など)

自分そのものが分かっていない人は、たくさんいます。

 

特に最近は、自分そのものがわかっていないのに他人を指導している人が、たくさんいます。

本人は、わかっているつもりですが、本当はわかっていません。

いくら権威ぶったとしても、その方法が間違っている場合が大半です。

 

自分を知る方法と言うのはそんなに簡単に見つかるわけではありません。

自分軸があれば反対の「他人軸」もあります。

社会で生きていくためにはこの自分と他人との関係をどうするかと言うことが常に突きつけられます。

他人だけでなく親子兄弟も同じくです。

他人を知る方法も学ばなければ自分軸も守れません。

自分の性格の中には、心理学では表せられない、不合理な組み合わせがあります。

この不合理な組み合わせがあるから、心理学ではタイプ論が行き詰まっています。(心理学の限界)

 

霊でわかるのはごくごく一部です。

巷の占いも同じくです。

ちょっと哲学的なことや霊的、宗教的なことを言えば大衆は操れます。

宇宙論で説明する人は、精神疾患系です。

 

ある宗教者が哲学的で高尚な事をいうので訪ねていったと言う人がいたので「答えられなかったでしょう」と言ったら当たっていました。

 

「あなたの中にはこういう種類の性格が混在してますよ」とアドバイスをするとご本人は納得されます。

この納得の段階で不安がある程度消え去ります。

 

こういう過程を経ないで自分軸といっても、前提がしっかり捉えられていない状態であれば、これを言っても仕方のない事です。