命名に対する注意点

私の見方、従来の姓名判断の解釈で参考にするのは、せいぜい

「総画」までです。
それ以外は、信頼性がないので対象にしていません。
総画の確率も、ありませんが、命名の段階で、気休めで、

検討しています。
地格など、総画以外についても「長年検証」していますが、

従来の姓名判断の解釈は、
まったく役に立ちません。(数理姓名学の場合は、信頼できます)

画数ごとの吉数、凶数という固定的な考え方は迷信です。
これに影響されると、よい結果を得られません。

姓名判断の本を見て、悪いことが書かれているから悪いと

いうほど、信頼のおけるものでは有りません、

良いイメージは浸透しにくく、悪いイメージは、

印象が深いというのが人間の感覚です。

従来の姓名判断の呪縛から抜けられない場合、この点は、

注意が必要です。

従来の姓名判断の解釈では、吉数は、その数の良い面を強調。
凶数は、悪い面のみを強調していますが、

西洋、および数の専門的な解釈では数には、プラス面の解釈と

マイナス面の解釈とがあり、
「時間によって変化」するという考え方です。
固定的な吉、凶という考えは、間違っています。

字画というのは、何時もよい訳でもなく、悪い訳でもなく、

時により変化する。というのが現実的な考え方でこの考え方は

長期に十分な検証をしています。
「生年月日により、その人の吉凶の数字が決まります」
固定的判断は、無視することが賢明な考え方です。

 

人は、世の中に流布されているものを信じやすく、

「少数派は、にわかには信じがたい」というのが人情ですが、

湯川秀樹博士が言っているように「信頼できるものは少数派」です。

 

★親の名前に対する「呼び方、文字」の好みについて。
仕方のない一面がありますが、親の好みと子供の未来と

どちらを優先するかという事になります。
好みを優先する場合、一番良い字画は、選ばれない傾向があります。
ほとんどは、3位~5位、まず、1位は、ありません。
何故か、好みを選ぶほど順位は下がっていきます。
好みには、親の求める子供のイメージが反映されます。
それが良いか?良くないか?生き方を固定するのは親に

都合の良い子供になります。
親によりますが、大抵は、おとなしそうな、柔順な感じの文字、

呼び方の好みが、多いようです。

逆に闊達すぎるという場合もあります。
心理学的には「禁止令」という影響が発生します。
自分の子供であると同時に「社会的な存在」であるという認識が

必要です。

字画について、旧字体、新字体、両者とも満足する名前を求めるのは、
できる場合もありますが、期待には、必ずしも応えられません。

親の性格により、古風なものを好む、頑固になる、理想主義的

になる、など、好みに偏りが出てきます。
理想を求められると、合理的であるというよりも恣意性が強くなり、
現実から遊離、負のスパイラルに落ち込み、最後にはカスを

つかむことになり良いものまでふたをしてしまいます。

 

一番大事なのは、
1、子供のもって生まれた可能性を生かすこと、
2、親との相性。
これらは、鑑定上に現れるものです、これらを勘案して

命名します。
親の好みは必ずお聞きして、それの範囲内で提案しますが、

その中で、可能な限り良い順位の画数を選ぶことが賢明です。
親の好みを優先しすぎると基本条件から外れていきます。

実際には、1番も2番も厳しいことがあります。
できるだけその厳しさは言わないことにしていますので、

任せていただくことです。
従来の姓名判断の呪縛から離れられないで、心配し過ぎ、

しかも自分の好みを優先するという事は、無理なことです。

でも、産後は、その適正な判断を失いがちです。

 

私の命名方式は、

1、命名の基本を「生年月日との相性」で割り出しています。
生年月日により、どの数が良いか悪いかが決まります。
従来の姓名判断のように固定的では、ありません。

2、従来の姓名判断の解釈は、二次的にできるだけ、

希望に添えるようにという事で配慮していますが、

何もかも万全という事は、できる場合と、できない場合があります。
ほとんどできません。総画以外は、初めから無視しています。
従来の姓名判断の解釈に準じ100%の満足を求めるなら、

読み方の制約、文字の好みの制約は、すべて外されないと

できません、それでもできるという保証はありません。

※従来の姓名判断で、いくらよい画数であっても、

生年月日との相性が悪いと意味ありません。
従来の姓名判断は、「固定的な画数中心」でこういう考え方は、

ありません。
如何に矛盾してるかは、HPの解説を参照してください。

 

⇒「命名の条件のまとめ」