人相、顔相、観相について

人相観は、最近少ないです。昔は、主流の時期もありました。
「ほくろ占い」で2千円をとる者もいます。
観てもらった者が満足すれば、それでもいいかも。

 

人相を学術研究の課題にしようとする者もいますが、
徒労に終わります。数値化できない要素の方が多いので、
要は「感性的な視点」が大事で、学者になろうなどと言う試みは、
実用性から遠のきます。
学者ではなく、占い師の視点で観ることが実践的、実際的です。
心理学の性格分類が役立たずになってる現状を見ればわかります。
「交流分析」や「認知行動療法」でも認知されるのに年月を要しています。
「エゴグラム」を占い師が分析すると詳しくなり、医者までが参考にしてい

ます。

髪の毛の太い細いを精密に測って分析したところで、大した意味は

ありません。

細いか太いか、どういうタイプかこれだけで十分です。

 

人相には、興味はありますが、部分的には役立ちますが、
全体的には、暗いか、明るいかが重要な視点です。

表情は、2か所のポイントから過去を観れます。
また、後述の全体的な視点である「観相的アプローチ」が最も

大事です。

 

芥川龍之介の小説(発表当時は「私の出遇った事」)という作品名の中に、
汽車に乗ってきた薄汚れた14~15歳の娘が1分後には別の人格に見えた

というくだりがあります。

人は、同じ人相でも、心意気で、替われるものです。

これは表情を超えた輝きです。

 

顔を整形すると運命は変わるか?
整形しても表情は変わらない、化粧法も変わらない、精神が変わらなければ、
結果、運命も変わらない。(例:福田和子)
彼女は、整形して安心して地を出して失敗。

歌手の弘田三枝子は、もとは、元気で健康的な顔をしていましたが、
整形をやり過ぎて、人形のような血の気のない顔になりました。
パワフルな歌唱力で勝負してきた歌手なのに歌にも顔にも、パワフルさ

が失われました。

 

逆に行ないが良いと、顔は変わり、「いい顔」になり運勢もよくなります。

 

フランスや米国では、面接試験に「顔相」が重視されています、

信じられなくても事実です。(「顔相の科学」)日本では非科学的とみられて

います、つまり、日本は偏見にとらわれて遅れているという事です。

色に関しても20年は遅れています。
顔相は、フランスでは「心理学」です。


日本にも「日本顔学会」という学会も存在します。
(人相と顔相はアプローチが違います)

 

関連ジャンルでは、「しぐさ」「言葉ぐせ」「ボディランゲージ」

「声相」「体型学」「髪型」「化粧」「服装、持ち物」「アクセサリー」

「色の好み」「クレッチマーの一部」「載ってる車の種類」「タバコの銘柄」

など、私は、(これら「観相」を人相と同じ位置づけする者もいますが)

私は、これ等一連を広く観相のジャンルと位置付けています。

 

運命術と言われるものの中において、易と、観相、この2者の一部なりとも

借用せずして成り立つものはない、極論すれば他は、無用の長物という事になる。
(「運命学の運命」)