過酷なコンサルタントの経験を経て、占い師になりました。

私が経験した過酷な経営コンサルタントの世界

突然会社を辞めて、いばらの道を選択

技術職で入社した当初の会社で10年経て技術的にも、人間関係でも行き詰まり、突然飛び出して、

まったく分野の異なる外資系の

「泣く子も黙る」過酷で固定給なし出費の収入が不安定な営業の世界に飛び込みました。

技術系から180度異なる、未経験の営業の世界です。

すでに結婚していましたが30代ならイチからやり直せると思い決断しました。

 

「塔から人が落ちる」状態

タロットで表すと、こうなります。

(タロットの「塔(タワー」予期せぬ崩壊、
衝撃的な変化、価値観の転換を表し,

稲妻が塔を破壊する様子が描かれ、
古い固定観念を壊し強制的に新しい状況へ

アップデートする「破壊と再生」を意味)

 

機械相手から対人接触の世界へ

技術の世界では人を意識することなくできる職種でしたが、営業は、他人相手に契約を取る仕事、来る日も来る日も断られるのが当たり前の世界でした。

の後ろに営業の本を積み込み、毎晩夜遅くまで仕事をしていました。

 

自分を試す

努力の結果、数か月でセールストレーナーに昇格、収入は少し安定しました。

(専門外の初体験でも自分を発揮fできるか否かの賭けでした、

この経験は、仕事の領域を広げます)

この転職の決断がなかったら今の自分は、ありませんでした。

 

コンサルタントになったきっかけ

半年後、以前の会社時代に知り合っていた会社に就職、役員にもなれて

半年後に、教材を販売した会社から待望の「営業コンサルタントの仕事」

を得るチャンスに巡り合えました。

担当者との信頼関係から得られた事です

 

夢が実現

コンサルタントは初体験なのに

1か月ジャストで「売り上げ倍増」達成。

営業コンサルタントとして、

華々しいデビューをしました。

こんなに早く夢が実現できるとは、思ってもいませんでした。

 

会社を追い出される

役員になり私が貢献した会社で年がたち、ある時、用済みとして突然追い出されました。(後でそうだったのかと分かったことです)

さらに、この会社からも追い出され、

運命のいたずら?この場にいてはいけないという運命のサイン。

(自ら起こした、無意識の抵抗)

 

「人間万事塞翁が馬」

この事がなかったら占いの師匠との関係はないまま、のちに占い師にもなっていなかったでしょう。

何がプラスになるかわかりません。

不幸中の幸いでした。

 

自分が選んだ「いばらの道」

10年後に思いもかけぬ経営コンサルタントのチャンスとして花開きました。

私を知るだれも予測しえなかった事

なぜなら、全く畑違いの職種だったからです。

 

条件の厳しい会社が勉強の機会を

会社(前述の3K職場:きつい、危険、汚い)が、多くの勉強の機会を与えてくれたので、

(研修以外の出張はありませんでした)

コンサルタント会社に入って何も教えてくれなくとも困りませんでした。

 

突然の外国出張のチャンス

コンサルタント会社に入社して急外国の仕事が来ました。

昔、手相を見てもらった時に言われた、外国で仕事「これだ!」と思い、

中身を聞かず、即OKしました。

ライバルが外国で仕事をしてたので対抗意識もありました。

東京、大阪の営業所で受ける者がいなくて地方の私に声がかかってきた仕事でした。

 

能力が開花する時

これが外国での仕事を8年間もするきっかけになりました。

年以上は絶対無理と言われてた)

ただ、現地に行っても、どうすればよいかしばらくわかりませんでしたが、

まったく未経験の分野で、成果を上げて社内表彰も受けました。

成功の秘訣は、長年たくさん積み上げてきた中身を持っていた事と、他分野に対する違和感のないことです。

 

コンサルタントに対して厳しい会社で

成功の秘訣は、過去の仕事で、コンサルタントも含め、先輩や上司から、何かを指導されたという経験がなく、自力で、解決してきたからです。

と簡単に書いていますが外国の仕事は2人でやらなければいけない、という

コンサルタント会社の規定がありました、

 

一人で背負う

もう一人名目上の先輩が、多数のコンサルタントを使ってきた経験豊富な契約先の会社に1回の仕事で追放され、

私一人で、高額の(1年間、日本円で1億円以上)の仕事を契約しました。

私も最初は追い出されるから注意する様に言われていました)

あまりにも高額なので、通産省に該当する現地の関係機関の許可を得るのに

3か月かかりました。

物を売るのと異なり、すべて自分で消化していく仕事です

 

ハードな仕事をこなす

契約は1日6時間でしたが私は倍の12時間働きました。

この時の苦労は映画になると通訳が言っていました。

 

最終段階では、勲章をもらえるようにするからと言われましたが、体を優先し辞退しました。

 

コンサルタント会社の実情

私が、プロ意識を感じたのは、経営コンサルタントとして高額の契約を取り始めてから「解決請負人」として必ず、達成することが、絶対的使命と感じた事

 

何も教えない

コンサルタント会社は、会社組織でも、何も教えない、助けない、上司でもライバル関係、つまりは「紺屋の白袴」で、指導対象組織です。

仕事は一人、上司が、会社の規則を無視して仕事を横取りしようとする。

成功すれば姑息な方法で足を引っ張る

仕事で勝てないと、力でねじ伏せようなどという上司もいました。

 

コンサルタント会社の世界

日曜、祭日、正月、夜昼関係なし、早朝出発して時差のある外国に着いた日、その夜の日本時間深夜1時に明日までに計画書を書くように言われました。

これを実際に書いて契約に成功しました。

とにかく、請け負ったらやり遂げること、請け負う業種は何が来るかわかりません。

 

役に立たない資料で仕事

国内で仕事をした時、グループで仕事をする場合に配られる資料は、コピーにコピーを重ねた役に立たないものばかりでした。

 

仕事のやり方は教えてくれなくても構いませんが、ルールは知らなければ歩調を合わされません。

やり方も、仕事の直前歩きながら突然変更するリーダーもいます。

ホテルで夜12時に勉強しているか見回りに来るバカな重役=従役もいました。

 

実力の世界

資格や、学歴、地位など役に立たない、実力の世界とは、こんなものです。

 

体力勝負

ライバルは、私が体力でも、技術的にもダウンするのを待っていましたが、

その期待には応えません!

激務で体が今まで経験したことのない反応をしました。

 

研修会場のビルが停電したら、14階の最上階まで、重い荷物を下げて階段を上がり、夏1日中、冷房のない日の当たる西側で、仕事をしました。

 

教材やテキストなし

国内では、1日仕事をしたら帰れますが、外国では1週間連続です。

日々の仕事で教材やテキストは、ありません。

しかも12時間、

話す内容は、その場で組み立てながらやる、アクティブラーニング。

「できません」は、言えません、1日中騒音の中で、という日もあります。

 

アクシデント

外国で、雨の降る日、免許取りたての通訳の女性が運転する車で高速を走っていたら、エンジンから煙が、という様なアクシデントなどいろいろ、時には通訳が来ないことも、通訳を現地で自分で探して対応したこともあります。

10時間かけてたどり着いた宿泊施設のドアの前には、改装中でレンガが山積みということもありました。

真冬に宿泊先で風呂に入ってシャンプーをしていたら突然湯が止まった事も、

  

大学教授と競争

ある時は、有名大学の台北大学の著名な教授と競争さされた事がありましたが、勿論負けませんでした。

 

AIでできる仕事

人間でないとできない仕事、公認会計士のセミナーで、

至急に仕事の形態を変えるようにと呼びかけがありました。

公認会計士、税理士、社会労務管理士など、士業の人がコンサルタント等は仕事の形態を変える努力をしていました。

人間でしかできない仕事にしないと、やっていけない時代になりました。

  

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「経営コンサルタントの専門領域」

「占い コンサルタント」で検索すると女性が出てきますが、
「役に立たない占いばかり」で役に立ちません。
タロットでカードを出して占うという前提では経営者と話はできません。
手ぶら状態でまず、名前から判断し、話の糸口をつかみ生まれ年を聞いて
今年の運勢、現在置かれてる状態が瞬間話せることが経営者と話す条件です。